【初めての地への期待を込めて】アイモバ北陸アタック&アイモバ紀勢アタックの旅【3】

こんにちは。北陸の食パンです。

相変わらず、ペースがのんびりですみません。予定では、もう505エリア制覇旅は終わらせている予定だったんですけどねぇw

今回はわいの過去のアイモバ遠征シリーズ第九弾ということで、アイモバ北陸アタック&アイモバ紀勢アタックの旅(2013年8月29日発、8月31日帰着)をしてエリア制覇した記録の続きを書こうと思います。前回記事見てない方はこちらこちらをみてからこの記事を読みましょうw

ではでは、本編いきますよ。

七:ウキウキ!ドキドキ! 紀勢アタックスタート(らいちょうP合流~三重 伊勢エリア)

らいちょうPと合流後、大阪環状線内回りの区間快速行きに乗車して、私は沿線エリアに落ちていた代行案件を拾い上げながら、千早のファン数を順調に増やしていった。そして天王寺で普通列車和歌山行きに乗換えて、次の駅美章園で下車。ここから2回目のレンタカーでの遠征が始まる。

そうそう、本来ならばらいちょうP・えっくえっくP(初めてお会いした時のことはこちらからどうぞ)・私の3名で紀勢アタックをするという予定であったが、うちえっくえっくPが急きょ用事のため、リタイアするはめに。一方のらいちょうPも最初参加が危ぶまれたが、仕事がスムーズに終わり、無事に参加するに至ったというちょっと波乱な(?)エピソードがあっての紀勢アタックがこれから始まるのだ。

レンタカー屋で手続きを済ませた後、らいちょうPの運転からスタート。私は適当に道案内をしつつ、近畿道の長原ICから、西名阪道へ進む。その後、天理から名阪国道である。約1ヶ月ぶりの名阪国道である。

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大阪から上野/名張エリアまでのルート図は以上の通り。前回の遠征とは逆方向に走っている。

前回の遠征で制覇したエリアばかり通るため、新しいエリアは制覇していないが、ところどころでらいちょうPからわいあてに代行案件を投げていただいて、非常に感謝している。

なお、らいちょうPは、このときに初めて名阪国道を運転している。

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上野/名張エリアから紀勢自動車道に入るまでのルート図は以上の通り。

伊勢関IC~勢和多気JCT間は伊勢自動車道を経由している。わいにとっては初めての伊勢自動車道であった。

なお、伊勢自動車道に乗り換える前に、らいちょうPが直前の関ICで降りそうになったので、慌てて軌道修正したのはここだけの話。

なお、津/久居エリア以降は、両者とも未制覇エリアであったため、実質ここからが紀勢アタックの始まりといえる。

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勢和多気JCTから先のルート図は以上の通り。

有料区間の終端である紀勢大内山ICで高速を降りて、南下。その後、国道260号にぶつかった後は、東に進路を変えて、伊勢エリアの制覇に向かう。

当時の国道260号は、狭路区間も存在しており、酷道の雰囲気を醸し出していた。海沿いに降りたところで、伊勢エリアを無事に制覇。もう深夜時間帯のことだった。

なお、当時伊勢エリア周辺には鹿らしき動物がうようよしていてびっくりした記憶がある。道路に平気で2~3頭ぐらい道路上を悠々と走っていたのには本当に驚いた。

八:深夜のノリであの道に挑め!(三重 伊勢エリア~三重 熊野エリア)

らいちょうPと伊勢エリアの代行案件を拾い上げて制覇した後、熊野エリア方面へ進む。

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伊勢エリアから先、尾鷲エリアに至るまでのルート図がこちら。

伊勢エリアに行ったあとも、順調に進んでいきます。ってあれ?

「なんかおかしなことやっとる!」

さて、ここでおかしなことをやってしまった経緯を見てみましょう。

らいちょうPはR42現道を進むつもりでいたが、ここでわいが漏らしたあの一言でこの後、思いも寄らぬことに発展していくのだった・・・。それは・・・。

わい「この紀勢自動車道の終点で、かの有名なR425に接続します。」

この一言がらいちょうPの魂に火をつけることとなり、突如R425アタックをするという深夜のノリが始まるのであったw

ところで、R425って何という方に以下の通り説明しておこう。

■R425とは?

R425とは国道425号のことで、国道ではあるが、全線に渡って近畿No.1の酷道の名を持っている。

R425の尾鷲側は従前入り口が墓地の横だったが、紀勢自動車道のICができてからは新線に付け替えられたようである。途中まで新線に切り替わったかと思い込んでいたが、ところがどっこい近畿一の酷道であるR425はその期待を裏切らなかった。R425に入ってから500m行かずに1車線幅となった。しかも、民家が並んでいるところでw

\( ’ω’)/ウオオオオオオアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!

出、出~近畿一の酷道R425奴~

という具合にらいちょうPとわいのテンションはもうMAXを遥かに越えるレベルに達していたw

そして、少し進むと通行止めの情報が。どうやら9km先で通行止めらしい。とりあえず通行止めの始点までR425アタックすることとした。

ここまで、ルート図ばっかりでしたが、ようやく写真が出てきました。お待たせいたしました。

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時刻は2013年8月31日午前2時30分。2人は全く予定すらしていなかった場所にいた。

そう、ここがかの酷道425号の尾鷲側である。紀勢自動車道のIC付近こそ改良されていて、昔の面影はなかったものの、少し入れば、そこはインターネットで見たことがある酷道の世界であった。

一般人の感覚では、とても国道と思えないが、それなりに古そうなおにぎりが立っていることから、間違いなく国道なのだ。

なお、ここにある高さ制限標識は、この先の坂下トンネルの高さ制限をしめしている。

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山を登り始めて、紀勢自動車道の下をくぐって、ちょっといったところに国道425号の道路情報が出現する。

すでに酷道425号に入るときに知っていたけど、この先通行止となっている。なお、行けるところまではいったぞいw

ちなみに、紀勢自動車道の下を過ぎてから坂下トンネルまではヘアピンカーブが続いた道となっている。

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深夜の坂下トンネル内を走るわいたち。当然ながら1車線幅、離合不能というオチである。

なお、ここのトンネルは対向車がくるのが見えづらいため、最悪の場合、トンネルの中で鉢合わせなんてこともありえるので、注意されたい。

中は素掘りのトンネルであった。素掘りのトンネルはわいも大好きやでw

トンネル内は気持ち明かりがあるからまだいいものの、これでなかったら恐怖感がかなり倍増することであろう・・・。

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えーと、こんな貧弱な道路でも、「国道」です。実際のところは、酷道ですw

この写真を撮る手前がわずか数十メートルの2車線道路になっていたりするのだが、そんなのは「気休め」に過ぎないのだ。

ちなみに、このときは深夜帯なのでわかりにくいが、このあたりはうっそうとした森の中を走るため、そういう道が苦手な方にはやっぱり国道425号はお勧めしない。

ちなみに、ここらでも鹿がうようよいました。三重県なめてると怖いぞー(ぉ

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三重県道760号との交差点である。尾鷲側からきた場合、国道425号はここを左折する。

ちなみに、三重県道760号についても、典型的な険道であり、特に国道425号よりが、凄まじいことになっているのが特徴だ。今回は寄らなかったけれども、いつか寄ってみたい道である。

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クチスボダムの北側にある橋を通る。ここも当然1車線幅。

車のヘッドライトしか明かりがないので、先は暗闇の状態である。

この先少し行くと通行止となっていた。時間帯が時間帯なので、わいら以外に誰もいなかったけれども、間違ってもこの写真を見て、国道425号を深夜に走行しようとなんて思わないほうがいい。

まだ、三重県内は多少マシとはいえ、奈良県~和歌山県の国道425号を深夜に走るのは無茶だからやめとけといっておく。

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国道425号に入って9km弱いったところがこちらの写真。時刻は2時55分ごろである。

当時の国道425号通行止め端点となっている場所だ。ここから先が、酷道425号が牙をむくことになるのだが、残念ながら土砂崩れで通れないということで、再び尾鷲市街へ戻ることになるのである。

このあたりは道が少し広くなっているので、Uターンの後、運転士交代となった。ここから、しばらくはわいの運転となる。

ちなみに、当時のらいちょうPは長距離運転が苦手といっていたが、この遠征を機に大きく変わることとなった。彼ののちのアイモバ遠征に大きな影響を及ぼしたといっても過言ではない今回の遠征行ともいえよう。

わいの運転に変わり、少し飛ばし目に酷道425号を尾鷲市街へと下っていった。時間帯のこともあって、誰も通らないことがわかっているからできることであって、日中ではこんな真似をすることはできないだろう。

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そして、酷道425号を脱出したあと、新宮エリアに入るまでのルート図はこちら。

酷道425号を抜けた後は、国道42号現道をそのままトレースしている。なお、この地図上では、熊野尾鷲道路は開通しているが、当時未開通区間(三木里IC~熊野大泊IC。遠征1か月後に開通したらしい・・・。)があったがゆえに、現道を通らざるを得なかったともいえよう。

ちなみに、尾鷲一帯は、日本有数の多雨地帯であり、大雨が降ると(もしくは土砂災害が発生すると)国道42号現道が通行止めになることがしばしばあったりする。このあたりが一番の難所といっても過言ではないだろう。

参考までに、国道42号は520km(海上区間・バイパス込み。現道区間は470km)の延長距離を誇っており、何気に日本の国道の距離でベスト10に入っている(ちなみに国道42号は9位)。

それにしても、国道42号の現道はなかなかの山道で、走りがいがあった。仮眠時間確保のため、多少飛ばし目でいったけれども、下り区間がなかなか楽しかった思い出がある。

まあ、深夜時間帯だったので、車なんかほとんどおらず、快適に走れたのは言うまでもない。

あっという間に(?)尾鷲~熊野間の山越え区間を通り抜けた後、熊野市街を抜け、海沿いをひたすら南下していった。

そして、4時ちょっと前ぐらいに、今回の仮眠地点である「道の駅パーク七里御浜」に到着。ここで、翌朝に備え、寝ることとした。

九:とあるゲームの聖地巡りと世界遺産巡り(三重 熊野エリア~和歌山 那智勝浦エリア)

日差しの影響で、7時前に起床。NisPの代行案件を回収(といっても回収したのはらいちょうPである)した後、新宮に向け出発。

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この写真は「道の駅パーク七里御浜」で撮ったものである。

前日とは打って変わって、晴れ模様。和歌山県をまともに観光したことのないわいにとっては、すでに心躍る気分であった。

なお、和歌山県自体は前回遠征にて踏破済みである。

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仮眠先から那智勝浦エリアまでのルート図は以上の通り。

朝から、新宮市内と那智エリアを観光するルートにした。このあたりは世界遺産に指定されていることもあり、和歌山県東部の観光名所としては絶対に外せないところばかりである。

ここからは、今までの遠征にはなかった「観光しながらエリア制覇」を行っていく。この遠征を契機にらいちょうPと何度か一緒に遠征は行っているが、まともな観光をしたのは、これが最初で最後であるw

10分ぐらいで最初の目的地(?)である熊野速玉大社に到着。この新宮は某ゲームのマップモデルとなっており、そういう意味では「聖地」ともいえる場所である。この「熊野速玉大社」がマップモデルのキーを握る存在なのだ。何のゲームかって? 気になる人はググってくれたまへw

ちなみに、ヒントは、某シミュレーションゲームです。とだけお伝えしておきますか。

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こちらが、熊野速玉大社。「熊野三山」の一つであり、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。

境内には、「熊野速玉神社のナギ」(写真はあるが、ここでは非掲載)が植えられており、推定樹齢1,000年ほど、国内最大のナギであるとされている。

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熊野速玉大社をバックに千早を撮る。和歌山県観光を後押ししたのは間違いなくアイモバのおかげであろう。

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2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録されたことから、それを記念した石碑が敷地内の一角に立っている。

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熊野速玉大社の拝殿である。

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熊野速玉大社の入口がこちら。一旦、入口を出て、らいちょうPとともに国道42号の方向に歩いていった。

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熊野川に架かる新熊野大橋(赤い橋)を眺めた図。対岸は三重県だ。新熊野大橋は1979年に開通し、後述にて紹介する(旧)熊野大橋とともに、三重・和歌山県境を跨ぐシンボル的存在となっている。

なお、朝方通った「紀宝バイパス」(新熊野大橋を渡った後、そのまま道なりに進む)だが、意外にも全通したのは2013年6月のことであり、開通してわずか2か月半後に、通ったということになるのだ。

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らいちょうPとともに熊野川の河川敷を歩く。奥に見えるのがJR紀勢本線の橋梁である。写真の奥側が三重県である。

このあたりの紀勢本線はJR東海の管轄で、非電化区間でもある。新宮駅でJR東海とJR西日本の境界点となり、JR西日本管轄区間は電化区間となっている。

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振り返って、(旧)熊野大橋(手前の緑色の橋)を撮影する。熊野大橋は1935年に開通した歴史ある橋梁で、この橋梁が架かる以前は、渡し舟(成川の渡し)が就航していたそうである。

現在の(旧)熊野大橋は、国道42号指定区間であるが、三重県→和歌山県方向にしか進めない橋となっている。和歌山県→三重県に行くには、隣の新熊野大橋を渡らないといけないわけである。

ちなみに、2011年9月の台風12号による豪雨の際は、川の水がこの橋の高さをも越えてしまうぐらいの高さ(要するにかなり増水した)にまで達してしまったようである。参考までに、こちらをご覧頂くと、そのすさまじさがお分かりいただけるのではないだろうか。

また、(旧)熊野大橋では、「2県交流綱引き」がかつて行われていたが、近年はあまりやっていないようである。


熊野速玉大社を観光した後は、那智方面へ向けて車を走らせた。次に行くところは、那智の滝と熊野那智大社である。

和歌山県東部を観光するにあたって、この2か所は外せないということで、山を登っていった。

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那智の滝に向かう入口にて撮影したもの。ここらへんだと、上のほうしか見えない。

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2011年9月の台風12号による豪雨被害は、那智地区にも及んでおり、那智の滝周辺はもちろんのこと、那智の滝に行く道中においても、ところどころで、災害の爪痕が見られた。

紀伊半島は日本有数の多雨地帯でもあるため、台風や豪雨による災害が発生しやすい地域でもあるのだ。

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というわけで、那智の滝にやってまいりました。右のクレーンが非常に邪魔なのであるが、先に申した通り、台風12号による豪雨被害による復旧作業のために入っているので、安易に邪魔というわけにはいかないのである(といいつつ邪魔と言っちゃったけどさw)

ちなみに、那智の滝を見ている途中で雨に降られましたとさw

ところで、那智の滝は、日本三名瀑の一つ(ほかは、華厳の滝、袋田の滝)であり、一段の滝としては落差日本1位を誇っている。ちなみに、総合落差では日本12位で、落ち口の幅13メートル、滝壺までの落差は133メートルに達している。

当然ながら、那智の滝は、国の名勝に指定されており、かつユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部でもある。

また、「那智の滝」とは、本来は、那智山の多くの滝のうち、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝(那智四十八滝)の総称であり、そのうち一般に那智滝として知られている滝はこれらのうち、一の滝を指している。

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アイモバカメラを使うと、千早を使ってクレーンを隠せてしまうのです! 実に素晴らしい!

というのは、どうみてもこじつけですね。那智の滝に行った記念に撮りましたとw

那智の滝を見た後は、もう少し山を登って、熊野那智大社へ向かった。ちなみに、防災道路を使えば、熊野那智大社の拝殿に近いところまで行ける。ちょっとお値段はりますけどねw

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駐車場に到着。左に見える塔は、熊野那智大社に隣接する青岸渡寺(せいがんとじ)の三重塔。そして、右側に見えるのが那智の滝である。

熊野那智大社に行った際は、ぜひともこの風景を写真におさめてほしい。わいが、行ったこの当時は、那智地区だけ見事に撃沈でしたとさ・・・。ほかのところは晴れてたのにぃ。

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熊野那智大社の一の鳥居。奥に見える鳥居が、熊野那智大社の二の鳥居である。

左上に写っている建物は、熊野那智大社の社務所である。

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青岸渡寺の山門を下から撮影してみた図。

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青岸渡寺の本堂。本堂の説明板の前に「世界遺産」の石碑が立てられている。

青岸渡寺は、天台宗の寺院で、西国三十三所第一番札所である。山号は那智山。本尊は如意輪観世音菩薩となっている。

本堂および宝篋印塔は国の重要文化財であり、さらにユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部となっている。

ここは、中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、如意輪堂と称されたその堂舎は、那智執行に代表される社家や那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点であった。

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熊野那智大社の拝殿である。熊野三山の一つ。熊野夫須美大神を主祭神とする。熊野那智大社の社殿および境内地は、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部となっている。

ちなみにこの写真の角度からだと見えないが、拝殿の左横に「八咫烏」(やたがらす)が祀られている御県彦社(みあがたひこしゃ)がある。そこには、八咫烏の銅像が建てられている。

ちなみに、八咫烏とは、熊野の神様のお使いである三本足の鳥である。より良い方向へ導く、導きの神様としても知られている。

なお、八咫烏は、日本サッカー協会のシンボルマークとして採用されている。

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熊野那智大社の拝殿前でも、千早を撮影する。

熊野那智大社の後は、少し山を下りて、大門坂を少し見ることにした。

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こちらが大門坂である。熊野那智大社への参道であり、熊野古道・中辺路の一部でもある。

良く写真で見る石畳の道は、ここから少し奥に進んでいったところにある。

当時は、時間などの関係もあり、奥まで歩かなかったが、後年、那智の滝・熊野那智大社とともに再訪し、実際に大門坂を歩いている。

なお、その時のことをブログには上げる予定はない。悪しからず。

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大門坂で千早を撮る。後年、訪れた際もやはり大門坂の要所要所で千早を撮影していた。

というわけで、きりがよいここで、今回の記事は終わりにします。だいぶ引き延ばして本当に申し訳ないです。

次の記事は、アイモバ紀勢アタック編中盤ということで、引き続きらいちょうPとの初めての同行遠征旅の模様をお楽しみください。

和歌山県に行ったら外せない例の場所を訪れるとともに、白浜の温泉にも入ってきたりと、まだまだ初めて訪れた地を満喫しますよー。

そして、アイモバ面でも、某エリアの代行案件がたんまりたまっており、そこへ急いでいる道中ならびに、案件地に到着した際に思わぬトラブルも発生することに・・・。さてはて、いったいどうなってしまうのか!?

まあ、過度な期待せずに続きをお待ちくださいねw


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