【北陸の食パン電車】419系ものがたり

こんにちは。北陸の食パンです。

先日の熊本地震の影響により、わいのところにも多少ながら影響が及んでしまったため、更新がだいぶ遅れまして申し訳ありません。被災者の皆様方には心よりお見舞い申し上げます。

さて今回は、本稿の投稿日である4月19日にあやかって、わいのネームの由来である「北陸の食パン電車」こと419系電車のことについて語ってみたいと思います。

今回の記事はちょっと鉄趣味の方向けに書かれている側面があるため、あまり電車に興味がわかない方には読むことに苦痛を感じるかもしれませんが、そこはうまく斜め読みしてもらって、写真を見て「へー、あっそ」ぐらいの勢いで読み飛ばしてもらえればこれ幸いです。

それでは、本題に入りましょう。

【北陸の食パン電車419系誕生の背景】

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こちらが今回の記事の主役であり、わいのP名の由来ともなっている419系電車である。

419系電車は、1985年3月ダイヤ改正で、北陸本線金沢・富山都市圏において電車型ダイヤを導入することとなった。それにより、かつて北陸本線の急行列車として使われていた457・475系列だけでは車両不足になることから、小倉・松任・盛岡の各工場で15本計45両が改造により落成した。

この419系電車が誕生する契機となった背景について少し時をさかのぼって説明することにしよう。

国鉄では、1982年(昭和57年)のダイヤ改正で、広島地区における列車運行形態を従来の長大編成による不等時隔のいわゆる「列車型ダイヤ」から、短編成による等時隔頻繁運転(これをフリークエントサービスともいう)のいわゆる「電車型ダイヤ」への転換を図った。この政策は利用客に好評をもって迎えられたため、他地方においても「電車型ダイヤ」を推進していくこととなった。

直流電化区間においては、従来からの車両に対し中間車への運転台設置改造や先頭車の新製を行って短編成化などを行うことで、車両数を極力増やさずに編成本数増を行って対応することができた。

一方で、地方交流電化区間の普通列車については、電気機関車牽引の客車列車や電化前から使用されていた気動車がそのまま使用されていた。しかし、これらの列車は動力性能が劣るうえ客車列車では起終点駅での機関車の付替えが必要となるために「電車型ダイヤ」に対応できない。そのため、新たな交流用および交流直流両用の近郊形電車が大量に必要となったのである。

1970年代に新型交直流列車である417系電車が仙台地区に投入されたが、当時においては国鉄改革が急務とされた時期と重なり主にコスト面での問題で少数の製造で終わった。後年、九州向けの車両としてそれをベースにして改良された新型交流電車である713系電車も投入されたが、やはりこちらもコスト面ならびに国鉄財政事情の悪化に伴い、少数の製造で終わってしまっている。

その一方で、当時の鉄道をとりまく環境から急行列車が大幅に減少し、余剰となってしまっていた。そこで、東北地方・北陸地方・九州地方で急行列車として活躍していた455系・457系・475系などの交流直流両用急行形電車に対して、近郊輸送転用改造を施工して、仙台地区・北陸地区・九州地区に投入されたのである。

そして、財政難にあえぐ国鉄が次に目をつけたのが、当時年々減少傾向にあった夜行急行・特急列車の大半に使用(一部は間合いで昼行特急にも使われていた)されていた581系・583系特急形電車に対して、近郊形改造を施し、前述の仙台地区・北陸地区・九州地区に追加投入するという今考えればどう見ても珍奇な発想としか思えない案が提案されたのである。

要はそれぐらい国鉄の財政事情がひっ迫していた証拠であったということだ。

この珍奇な発想に至った理由としては以下があげられる。

  1. 新幹線延伸(山陽新幹線・東北新幹線)による夜行列車での運用減。
  2. 寝台装置の関係から座席をボックスシートとしたことによる問題。

581系・583系特急形電車は、夜行列車(とりわけ寝台特急・寝台急行列車に使う)に使う都合上、下段寝台についてはボックスシートを引き出すことで寝台状態にするといういわゆる「プルマンスタイル」を採用している。中段・上段寝台は車両上部に寝台が収納されており、寝台を使うときは収納状態を解除して使用されていた。

581系・583系特急形電車投入当時は、高度成長経済期ということもあって、優等列車がどんどん増発されていた。これに伴い、本来の目的であった夜行列車で運用すると同時に、車両新規製造のコスト削減や昼間時間帯に車両基地に留置できないという背景から昼行特急にも充当されていた。

当時は画期的な発想で、様々なメリットをもたらしたのだが、この構造が後年災いをもたらすことになる。というのも、昼行特急車両として設備面での見劣り(構造上リクライニングできないためによる)や個人志向の強まりによるボックスシート敬遠傾向の強まりによって、昼行特急からの撤退を余儀なくされたのである。

この結果、大量に余剰となった581系・583系特急形電車を改造して誕生したのが、東北・九州地方向け交流型電車715系電車と本稿で取り上げている北陸地方向け交直流型電車419系電車である。


【改造内容について】

国鉄財政難による経費節減と改造種車車両の余命も考慮して、種車となる581・583系電車の基本構造を活かし、近郊形電車として使用するための最低限の改造にとどまった。そのため、近郊形電車としては極めて特異な外観を有する車両となった。

主な改造内容を以下に示す。

壱:扉の増設

種車が特急形車両のため乗降扉が1両あたり片側1か所しかない。しかし、それでは近郊型車両として使うことができないため、1か所増設し片側2か所配置となった。
既設の扉は幅700mmの折戸のままとし、増設扉も既設扉と同じ構造とされたため、近郊形電車では前例の無い扉幅の狭さとなった。デッキと客室間の仕切は配電盤部分を除いて撤去され、戸閉回路はどの運転台からも開閉できる方式に変更された。

 

弐:窓の開閉可能化

種車の側窓は固定式であったが、混雑時等における換気を考慮して、1両につき片側3か所の窓を開閉可能な4分割ユニット窓(1か所あたり上段下降・下段上昇x2)に交換した。交換した窓の日除けはロールカーテンを採用し、種車のままの窓の日除けは従来通り横引きカーテンのままとなった。当初は、全窓開閉可能にすることも検討されたが、種車がすでに冷房装置を搭載していることから部分的な交換にとどめられた。

参:中間車の先頭車化改造

特急電車時代は10~13両編成で使用されていた車両を北陸本線の事情に合わせて3両編成で使用することとなった。しかし、制御車が不足するのと電動制御車が必要になったため、運転台取付改造が一部中間車に施工された。
工法は、改造期間を短縮するため中間車の端部を台枠ごと切断し、あらかじめ製造しておいた運転台ブロックを接合する方式を採用した。新設運転台は、クモニ143形電車に類似した非貫通切妻構造であるが、種車の特徴である深い屋根構造をそのまま残したために六角形の特徴的な断面となり、この断面形状から「食パン列車」とも称された。
ちなみに、偶数(北陸本線基準米原方)向き改造車は、編成中の補助電源と圧縮空気供給用に電動発電機 (MG) と空気圧縮機 (CP) を新たに床下搭載することとした。MGは急行形電車廃車発生品となる容量110kVAの物に脈流対策等を施工した。クハネ581形改造車のMGは150kVAであるため比較すると容量が若干小さいが、4両給電で冷房能力も小さいので問題はなかった。

四:座席の改造

近郊型電車の改造にあたり座席⇔寝台の転換をする必要がないことから、その機能を封印するためボルトで固定されることとなった。また、乗降扉付近は乗降しやすくするためにボックスシートからロングシートに変更された。
荷棚に関してはクロスシート部分は中・上段寝台の寝台舟に取付けられている物をそのまま使用し、ロングシート部分は中・上段寝台を撤去して新しい荷棚を設置した。

 

伍:一部トイレの撤去

種車は1両に2か所のトイレと洗面所を設置していたが、トイレを偶数向先頭車1両(北陸本線基準米原方)に1か所の車端側のみ残して、他の車両では撤去して扉増設スペースとなった。偶数向先頭車に残るもう1か所のトイレは業務用室(物置)扱として閉鎖された。
洗面所は洗面器・冷水機等は撤去したが、洗面台自体は構造が頑丈なため撤去が困難なことや撤去跡にロングシートを設けた場合にロングシートがトイレ出入口を向くこと、使用地域が都会並みに混雑する区間ではないことから骨組みは撤去せず台座部にカバーを被せて使用不可とした。

なお、419系電車においては後年洗面台を完全に撤去した車両もあった。

六:走行性能の変更

電動車の歯車比は高速向きの3.50であったが、近郊形としては起動加速力を欠いて運用に適さないことから101系通勤形電車の廃車発生品に交換して5.60とし普通列車運用に必要な加速力を確保した。このため従来の標準的な近郊形電車(歯車比4.82)に比べて加速性能は良いが高速性能では劣り最高速度は100km/hに低下。このため動力台車がDT32K形に変更された。
なお、この大きい歯車比と重い車重から他系列電車が故障した際には、救援に投入された実績がある。

七:第2パンタグラフの撤去

種車のモハネ582形ではパンタグラフを1両あたり2基装備していたが、このうちユニット外側の第2パンタグラフは元々交流区間では使用していない上、交直両用の419系電車についても性能的に1基で充分と判断されたことから撤去された。

ぶっちゃけた話、これらの文章だけでは非常にわかりにくいと思いますので、わいの手持ちの模型を使って、ビフォーアフターを見ていただいたほうが理解が深まると思います。ということで、魔改造劇的ビフォーアフターをご覧頂きましょう。

<クハ581形→クハ419形>

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上が581・583系電車、下が419系電車の模型である(以下のビフォーアフターの写真も同じ)。両方見比べるとドアの増設やユニット窓に交換されていることがお分かりいただけると思う。また、種車にあった上段・中段寝台用の小窓についても419系電車に改造された際に埋められていることがわかる。

<サハネ581形→クハ418形>

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種車のクハ581形だけでは不足するため、サハネ581形を種車に改造されたのが、クハ418形である。車両中間部を除いて大規模に改造されているのが特徴となっている。

なお、こちらの581・583系電車の模型は実際にはサロネ581形であるが、サロネ581形自体がサハネ581形から改造された車両であるため、ここではサハネ581形として取り扱うことにした。

<モハネ582形→モハ418形>

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両方を見比べると、419系電車への改造に際し、モハネ582形のトイレ部分にドアが増設されたほか、右側のパンタグラフが撤去されていることがわかると思う。

ちなみに、この車両の両端の屋根だけパンタグラフがついていた関係上、他の車両よりも屋根が低くなっている。

<モハネ583形→クモハ419形>

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両方を見比べると、モハ583形のトイレ側の部分を乗務員室に変えたことがおわかりいただけるだろう。また、右側の乗降扉横に新しく小窓が設けられている。

余談だが、改造当時は赤い塗装に白い帯を巻いていたが、1990年代はじめに白い塗装に青い帯を巻いた塗装に変わっている。

なお、車内に関することについては後述においてまとめているので、合わせて参照していただければ幸いである。


【419系電車の受難】

419系電車の運行当初は国鉄の思惑通りに、電車化による列車の高頻度化に貢献したが、国鉄財政悪化の影響による改造経費の節減を図ったために、不十分・不合理な点が残り結果的には以下の問題点を抱えることとなってしまった。

<乗降扉が招いた問題点>

  • 片側2扉であるが、増設扉も含めて種車の幅700mm折戸を踏襲したために、乗客の乗降に時間がかかってしまい列車の運行遅延が生じやすくなってしまった。
  • 一般的な車椅子用スロープを最大限に広げることができないため、車椅子での乗降の際にはさらに時間がかかり、場合によっては介助者3人がかりで車椅子を持ち上げなければ乗降できないケースもある。

これが後述にも示す金沢近郊において敬遠される理由になった一つである。普通の電車であれば扉の横から2人同時に乗降ができるのだが、本系列の扉は1人分の幅しかないため、余計に乗降時間がかかる要因となってしまった。

また、種車が特急型電車である419系電車にもともとバリアフリーに関する概念が存在すらしなかったため、扉の狭さはもちろんのこと、乗降部においてもステップがついていた(余談だが413・457・475系電車にもステップがある)。わいが419系電車に乗車しているときに車いすのお客様が利用する光景を見たことがないので何とも言えないが、この電車の構造からして、車いすのお客様が利用するにはあまりに難しいことは容易に想像できる。

<乗車定員に関する問題点>

  • 特急時代の間隔や幅が広いシートをそのまま流用したため定員が少なく通路も狭く乗客の詰め込みには向かない。
  • AU41形床置式冷房装置の設置スペースによる客室分断(モハ418形)・クハネ581形改造車(クハ419形)の機器室・カバーされただけの洗面台・撤去されなかったトイレスペースなど無駄な区画(デッドスペース)が多く収容力が削がれた。

この最小限の改造の影響により、419系電車のクモハ419形・モハ418形の定員は110名前後、クハ418・419形に至っては定員70~80名前後と413・457・475系電車に比べて乗車定員が明らかに少なかった。わいの場合は、419系電車乗車時において立って乗ることがほとんどなかったから、あまり参考にならないが、ラッシュ時に乗った時は詰め込みがきかなかったことだけはすごく覚えている。

ちなみに419系電車においては、前述の通り後年一部車両の洗面台が撤去された。

<走行性能・運用上の問題点>

  • 営業最高速度は100km/hであるが、同様の普通列車へ転用された457・475系急行形電車および車体更新車の413系電車は110km/hのままであり共通運用が組めない。

これは、前述の通り419系電車の性能を101系通勤形電車と同様にしたことから、共通運用が組めないのは自明の理である。もし、413・457・475系電車と同じ性能に統一して併結運転できるようになったとしても、また別の問題が発生するようにしか思えないので、こればかりは運用を独立させて正解だったのではとわい的には思う。

<車体構造・改造種車の問題点>

  • 改造種車の都合上、側窓が小さく採光が十分でないため車内が比較的暗い。
  • 583系時代からの昼夜兼行運用による累積走行距離過多や経年から種車自体の老朽化が進行。
  • 天井に寝台の収容部分が残っており天井が低く全体的に圧迫感がある。

これらは国鉄の懐事情と種車の面影が垣間見える問題点である。日常的に419系電車に乗っていた方々にとってはたまったもんじゃないと思われるが、もし実際にわいが北陸本線沿線に在住していたらおそらく嫌がらずに乗っていたかもしれない。

以上の通り、問題点が多く露見することになってしまった電車であったが、そもそも改造時の経年および改造の意図からするに長期にわたっての使用を意図したものではなかった。要するに当時の国鉄末期の厳しい財政状況に鑑みたうえで、新たな後継車が増備できるまでの暫定的措置として使う車両と割りきったと考えるのが妥当といえよう。

それゆえ、JR東日本・JR九州に承継された715系電車については、当初の予定どおり1990年代後半には新型の後継車へ置換えられた。

しかし、JR西日本の419系電車については、置き換えるにあたって高価な交流直流両用車を製造しなければならない(その高価さがゆえに、521系電車の初回投入分については自治体から一部補助を受けて製造されている。とはいえ、敦賀までの直流化と引き換えの取引でもあったわけだが。)こと、かつJR西日本の事情で北陸地方の列車の置き換えが後回しにされた(とはいえ、広島地区よりは早かったが。)ということもあって他の急行形電車を含め置換えがほとんど進行せず、2000年代前半まで全車が残存する結果となった。

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これはわいが初めて419系電車と出会った時の写真である。当時は米原駅まで乗りいれていた時代であった。当時の米原駅に乗りいれる列車の中でも、419系電車はとりわけ目立つ存在であり、何か異色の風格を漂わせていた。

出会う前は雑誌などで存在は知っていたものの、いざ実際に見てみると「なんて面白い電車なのだろう」と改めて思った次第である。

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これが、「食パン電車」と呼ばれる所以となった419系電車の前面であり、わいのP名の由来の所以ともなっている。直江津方の全列車の前面と米原方にクハ418形が連結されている前面がこれである。

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2005年より前面貫通扉・種別幕を閉鎖する工事がクハ419形の一部に施工されている。ちなみに、この車両は2枚前の写真とまったく同じ編成である。


【419系電車形式写真】

ここでは419系電車の各形式を形式写真の形で紹介しよう。

<クハ418形>

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サハネ581形を改造した米原方に連結されている制御車で、クハネ581形だけでは種車不足となり、それを補填するためにサハネ581形から改造されたものである。ゆえに、サハネ581形から改造されたものはクハ418形に統一されている。

改造両数は9両で、D01~D09編成の米原方に連結されていた。

ちなみに、クハ418形が連結された編成は通称「両食パン編成」と呼ばれていた。なお、九州・東北地方に投入された715系には必ずクハネ581形の改造車(九州向けはクハ715-0、東北向けはクハ715-1000であった)が必ず連結されていたため、「両食パン編成」が存在するのはこの419系電車のみであった。

<クハ419形>

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クハネ581形を改造した米原方に連結されている制御車。2005年より腐食防止対策の一環として一部車両に対し、前面貫通扉・種別幕を閉鎖する工事が実施された。

改造両数は6両で、D10~D15編成の米原方に連結されていた。

うち、クハ419-3は前面のタイフォン耐雪カバーを装備せずスリットのまま廃車されている(クハ419-3は改造工事をされないまま廃車となっている)。

<モハ418形>

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モハネ582形から改造された電動車。直江津方にパンタグラフがついているのが特徴である。改造両数は15両。

419系のラストナンバー編成であるモハ418-15については、七尾線の架線積雪対策で一時的にパンタ2基を搭載していた時期(1995年~1996年)がある。当時は、七尾線の早朝の上り1本で運用に投入されたが、419系が福井地域鉄道部(現・敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室)に転属となった関係で、後年に増設されたパンタグラフは撤去された。

晩年は「両食パン編成」のみ側面の方向幕が外されていた。

<クモハ419形>

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モハネ583形から改造された直江津方に連結されている制御電動車。直江津方は改造種車の都合上、すべて「食パン」顔となっている。改造両数はモハ418形と同じく15両である。

連結用のジャンパー栓を装備しているほか、主電動機冷却用の空気取り入れルーバを運転台助士席直後側面に設置している。


 

【419系の運用について】

当初は全車金沢運転所(現・金沢総合車両所)に配置され、分割民営化時には西日本旅客鉄道(JR西日本)に承継された。北陸本線全域のほか1991年~2006年の間は湖西線近江今津以北の区間(2006年10月ダイヤ改正まで永原~近江塩津間にデッドセクション<直流電化区間と交流電化区間のつなぎ目のこと>が存在し、直流型電車では運行できなかったため)でも運用された。

しかし、前述の通り、金沢近郊においては北陸本線の中でも利用客が多く、本系列の特徴ともなっている幅が狭い客用扉のせいで、乗降に時間がかかることや他の部分でも最低限の改造しか施さなかったがためにデッドスペースが多く残ってしまった。そのため、詰め込みが利かないなどの問題が発生することとなり、乗客から敬遠されるレベルにまで達してしまった。

そのため、次第に北陸本線の中でも比較的閑散区間である米原~福井間と富山~直江津間を中心に運用されることとなった。なお、運用の都合上、主に早朝夜間帯ではあるが福井~富山間でも運用されていた。なお、前述の通り一時期は七尾線でも走っていた時期がある。

2006年10月に敦賀以南の直流電化への切り替えならびに新型交直流電車521系電車の投入により、米原~敦賀間ならびに湖西線近江今津~近江塩津間から撤退し、先行的に余剰となった2編成が廃車となっている。

その後、2010年ごろに521系電車が追加投入されると同時に、運用余剰ならびに予備部品確保の影響により、1編成が休車状態となり、稼働編成が12編成となったのち、さらなる521系電車投入で押し出される形で2011年3月11日(ダイヤ改正前日)限りで定期運用から離脱した。

その後、残った車両は次々に廃車解体されていったが、D01編成のクモハ419-1+モハ418-1+クハ418-1のみ定期運用離脱後も保留車両として車籍が残っていた。その後、2012年9月29日付けで廃車され、419系電車の歴史はこれを持って幕を閉じることとなった。

廃車後のD01編成は、富山県高岡市伏木にある日本車両リサイクル(現・日本総合リサイクル)に陸送され、クモハ419-1+モハ418-1については現地で解体作業の第一号という形で解体された。現在も、クハ418-1のみが解体を免れ、現地の敷地内の傍らにおいて留置されている。

今でも、クハ418-1が419系電車の生き証人として残ってるとはいえど、年々車体がくたびれていることから、決して保存するために残しているわけではなさそうである。よって、いつ解体されてもおかしくはない。

最近は北陸に行く頻度が昔に比べて減ってしまったが、クハ418-1が解体されるまでは何度も伏木に訪問したいものである。

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2009年夏の富山駅でのワンシーン。419系電車は基本的に3両編成で運転されることが多かったが、朝のラッシュ時に限り、福井~富山間で6両編成で運用されている風景が見られた。

6両編成運用時におけるクハ419とクモハ419同士の連結は見ててなかなか面白かったものである。


【419系電車ディテールあれこれ】

ここでは、419系電車の車内を中心とした細部の写真をいくらか掲載してみることにする。

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クハ418形の車内。トイレ部付近のデッドスペースを除けば、まあまあ整った車内であった。

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クハ419形の車内。種車の構造を踏襲していることもあり、クロスシートがクハ418形より少ないほか、先頭部においてもデッドスペースが多いのが特徴となっている。

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クモハ419形の車内。何かとデッドスペースが多い419系電車であるが、このクモハ419形だけは無駄なスペースがほとんどなく、整った車内になっている。

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モハ418形の車内。冷房装置の都合上、乗降扉横の通路が狭い箇所がある。また、この車両の米原方のみ種車の構造を流用したため、デッキが存在している。

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581・583系時代において洗面所として使われていたところである。419系電車への改造にあたり洗面台設備が不要になったことから写真のようにカバーを被せて使用不可とした。なお、後年において洗面所跡を撤去し、立席スペースにした車両もあった。

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かつての北陸本線では冬期間に限り半自動ドアの取り扱いを行っていた(現在はほぼ通年半自動)。そのため、扉のところに写真のような表記がされていたのである。

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クハ419形先頭車のサイドビュー。この部分だけ見ると、種車の塗装を変更しただけのようにも見える。

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敦賀~南今庄間(北陸トンネル敦賀方坑口手前付近)、糸魚川~梶屋敷間にデッドセクションが存在し、デッドセクション通過時においては電源切り替えのため、非常灯を残して車内の電気が消える風景が見られた。ちなみに、夜になると真っ暗でほぼ何も見えないぐらいの暗さであった。

なお、敦賀まで直流電化になる前は、北陸本線長浜~虎姫間、湖西線永原~近江塩津間にデッドセクションが存在していた。また、七尾線を走っていた時代においては七尾線内が直流電化であるため、津幡駅東(北陸本線から離れて少し七尾方に進んだところ)でデッドセクションを通過していた。

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クロスシート部の荷棚部分は種車そのものを流用しているため、上部に折りたたまれた寝台が残っている。なお、前述の通り固定されてるので、寝台にすることはできない。

ロングシート部については419系電車への改造にあたり、寝台部分を撤去したほか、新しい荷棚に取り換えられている。つり革の形状や取り付け方にもそれが反映されている。

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モハ418形のデッドスペース部に設置されていた冷房の切り替えスイッチである。

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ぶれてしまったが、こちらが419系電車のクロスシートである。種車のものをそのまま流用しているので、非常に快適なシートになっているのが特徴。ひじかけやテーブルについても種車のものを踏襲していた。

なお、前述の通り座席状態に固定されているので、寝台に転換することはできない。

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クロスシート部分のアップ写真。シートがあまりにも快適で、油断するとついつい座って寝てしまうぐらいのレベルであった。

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窓際にあるひじ掛けとテーブル。テーブルの下には、昔の電車の必需品であった栓抜きも備え付けてあった。


 

【晩年の419系電車そして伝説へ】

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越中大門駅を出発しようとする419系電車。かつての北陸本線の電車は走っているうちに茶色い汚れが目立つ仕様になっていた。その茶色い汚れがトーストにつく焦げみたいであることから、汚れがかなりついた419系電車に対し、一部の鉄な人からは「トースト」と評されたのである。

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ドカ雪が降る中某有名撮影地で撮ったもの。奥のほうが視界悪いため見えにくいが、6両編成での運用を撮ったものである。当時、クハ419-5が米原方先頭にいることがわかったので、是非ともおさえたいと思ってこの写真を撮った次第である。

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こちらも某有名撮影地で撮った写真である。編成が短いことを利用して、食パン形状の前面を意識した構図で撮影した。こう見ると本当に「食パン」みたいでしょ?

てか、これどこかでみたことありますよね? わいと直接関わったPの中でピンとお気づきの方。実に勘が鋭い。

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お察しの通り、さっきの写真から生まれたのがこの名刺です。通常名刺では2番目ぐらいに人気のものです。これがわいのP名を表すものとしては非常にわかりやすいかも。

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日本海をバックに419系電車を俯瞰撮影してみたのがこちら。北陸本線は山越えすることが多いが、新潟県内では海沿いを走る区間も存在していた。

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九頭竜川橋梁を渡る419系電車。福井県内を走っている証拠をおさえるうえで重要な某有名撮影地で撮影した。当時、後からやってきた特急「雷鳥」と合わせてとる同業者も多くいた。

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後追いではあるが、立山連峰をバックに419系電車を撮影したもの。撮影地は某有名撮影地で撮ったもの。同業者もまた419系電車狙いで訪れていた方も多くいた。

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同じ場所でもう一枚撮影してみた。富山を走っていた証拠としてこの一枚を撮っておいてよかった。

419系電車が定期運用から離脱した際は、同時に引退した特急「雷鳥」ならびに高山本線で運行されていたキハ28・58形気動車のように特別な告知や大々的なイベント(ただし、引退当日に発生した東日本大震災の影響により当日のイベントは当初より縮小もしくは中止となった)が行われることがなく、ひっそりと引退した。

それでも、当時においてトンネル駅で有名な筒石駅の窓口の傍らに、はがきサイズではあるが特製の印刷物が掲示されていた。威風堂々とした勇退にはならなかったにしろ、北陸本線を語る上では外せない車両だったという証拠であることがうかがえる。

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定期運用離脱後の2012年2月に撮影した419系D01編成の写真である。このときは寝台特急「日本海」の葬式乗車をしており、敦賀を出た後に姿を見かけたのであわてて撮影した記憶がある。

当時は、いまだに生き残っていたとは思っていなかったため、まさかの収穫であった。

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(この写真はラカオッテさんより拝借させていただきました。ありがとうございます。)

そして、敦賀の傍らに長い間留置されていた419系D01編成は、2012年9月に富山県高岡市伏木の日本車両リサイクル(現・日本総合リサイクル)に運び込まれ、同社の業務開始における第一号として解体作業が行われた。前述の通り、実際に解体されたのはクモハ419-1とモハ418-1の2両であり、クハ418-1のみが解体を免れ、同社の敷地内の傍らに今も留置されている。

このクハ418-1こそ、最後の「北陸の食パン電車」の生き証人となっているのだ。しかしながら、保存を目的としているわけではなく、何らかのために留置されているだけだと思われるので、年々朽ちてきており、いつ解体されてもおかしくない状況である。

ちなみに、このクハ418-1は氷見線の車内から余裕で見える位置に置いてあるので、氷見線に乗車された際はぜひ見てみるとよいだろう。また、現地へは氷見線伏木駅から徒歩(バスで行くことも可能)もしくは高岡駅から万葉線に乗り換えて米島口電停から徒歩でいくか高岡駅からバスで矢田バス停で降りれば、近づいて見ることができる。

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(この写真もラカオッテさんより拝借させていただきました。ありがとうございます。)

2015年11月某日に3度目の訪問を果たしたときの写真。後ろになぜか名古屋市営地下鉄東山線の車両が連結されていた。2014年に訪問したときはまだ単独だったので、やっぱり単独で留置してほしかったなどと思ってしまった次第で。


【419系関連の商品とか】

この名車(じゃなくて迷車といったほうが正しいかも)を題材にした商品がいくつかあるのでご紹介したいと思う。なお、すべてではなく主なものだけ取り上げることをご容赦頂きたい。

<鉄道模型>

鉄道模型ではマイクロエースと東京堂から419系電車のNゲージ車両を発売している。

どちらも旧塗装と新塗装の2種類が発売されているが、前者のマイクロエースは419系電車を題材とした製品を多数のレパートリー取り揃えており、419系各種製品が発売されたと同時にほぼ売り切れになるぐらいの人気の商品である。店頭で売っていることはなかなかないため、ヤフオクやAmazonなどで探さなければならない。しかし、なかなか出てこないので出てきたらチャンスである。

基本的にマイクロエース製品が再生産されるのは極めてまれであるが、419系電車の「Nゲージ A2295 419系新北陸色 貫通扉埋込編成 増結3両セット」ならびに「Nゲージ A2293 419系新北陸色 両端切妻編成 基本3両セット」については、再生産された実績がある。

後者は、「東京堂TEXT(テクスト)」ブランドで発売された、今はなき東京堂モデルカンパニーという会社が出したものである。マニアの間では「頭狂堂」と揶揄された、伝説のトンデモメーカーとして揶揄され、とにかく悪評の高さは他の追随を許さないレベルであったといわれている。

この419系製品に関しても、開発コストがかさんで高価なモデルになった割には出来がチャチく、購入者からは非難轟々。結局、このモデルが東京堂にトドメをさしてしまったといわれるぐらいの(粗悪な製品としての)伝説が残る商品となっている。

これについての詳しくはこちらに書いてあるので、興味のある方は見ていただければと思う。

IMG_1451.JPG

わいの手持ちであるマイクロエースの419系を某所で走らせた写真である。そのときの模様はこちらからどうぞ。

<ゲーム>

ゲームでは「電車でGO!プロフェッショナル2」で登場しているほか、わいが別作業の記事でたびたび話題にあげている「A列車で行こう9」の車両としても登場している。

参考までにYoutubeより拝借したもの。当時は永原~近江塩津間にデッドセクションが存在していたので、交直流の切り替え作業もゲームにて再現されている。

Type419-D01_D15

A列車で行こう9における419系電車。実車とは細部が異なる箇所はあるものの、雰囲気的には申し分ないのかなと思ったりする。


というわけで、今回はわいのネームの由来である「北陸の食パン電車」こと419系電車のことについて語らせていただいた。419系電車の半生は決して平和なものとは言い難かったが、数々の魔改造電車の中でも最高峰かつ数々の伝説を残したといっても過言ではないのかもしれない。

わいのネームの由来を知ってた人も知らなかった人も、今回の記事を頭の片隅にしまっていただければこれに勝るものはないと思います。

そういえば、ことわざで「名は体を表す」っていうのがありますよね? わいがどういうことを言いたいのかは皆様でお察しくださいな。

ではでは、すごく長い記事をお読みいただきまして誠にありがとうございました。


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